大阪地方裁判所 昭和45年(行ク)1号 決定 1970年2月17日
申立人 山本鉄夫
被申立人 大阪刑務所長
主文
本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
理由
第一当事者双方の申立て
一、申立人
被申立人が申立人に対してなした左記記載の各懲罰処分の執行は、当裁判所昭和四四年(行ウ)第一〇一号文禁懲罰処分取消等請求事件の本案判決のあるまで、これを停止する。
記
(一) 昭和四四年一〇月二九日 文書図画閲読禁止 一月
(二) 昭和四四年一一月 七日 文書図画閲読禁止 三月
(三) 昭和四四年一一月二六日 文書図画閲読禁止 二〇日
との裁判。
二、被申立人
主文と同旨の裁判。
第二申立人の申立理由
一、申立人は、現在大阪刑務所において服役中の受刑者であるが、被申立人より左記のとおり各懲罰処分の言渡しを受けた。
(一) 昭和四四年一〇月二九日 文書図画閲読禁止 一月
(二) 昭和四四年一一月 七日 文書図画閲読禁止 三月
(三) 昭和四四年一一月二六日 文書図画閲読禁止 二〇日
二、しかしながら、右各懲罰処分は、要するにいずれもでつち上げであつて、違法な処分であるから、取り消されなければならない。一方被申立人の指揮監督下にある職員である看守らは、申立人に対して加えた暴行等の事実を否認し、その上アリバイ工作等もしているのである。
三、申立人は、つぎに述べるような損害を蒙つており、しかもこれを避けるため緊急の必要性がある。
申立人はこれまで、裁判所に対して申立てをしたり準備書面を作成したりする際には、文書図画閲読禁止の懲罰処分の執行中であつても、被申立人に対しその執行の停止を願い出ていたところ、被申立人は常にこれを許していた。しかるに、別件の訴訟である当裁判所昭和四四年(行ウ)第四六号事件の第二回口頭弁論期日の頃より、被申立人は懲罰処分の執行の停止を許さなくなつたのである。このため、無学者の申立人にとつては書籍が何よりの助力となつていたにもかかわらず、これを参照できないことになり、右事件や本件の昭和四四年(行ウ)第一〇一号事件の訴訟準備活動、殊に準備書面その他の書類を作成するにつき多大の不便を強いられているのであつて、このことがひいてはこれらの訴訟の結果に重大な影響を及ぼすことにもなりかねない。
四、申立人は被申立人を被告として本件各懲罰処分の取消しを求める訴えを提起しているが、本案判決のあるまでの間に、右処分の執行より生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるので、本件申立てに及んだ。
第三被申立人の意見
別紙意見書中、申立理由に対する答弁、および被申立人の主張の部分、ならびに、別紙補充意見書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。
第四当裁判所の判断
一、疎明資料によれば、申立人は、現在大阪刑務所において服役中の受刑者であるが、(1)昭和四四年一〇月二九日文書図画閲読禁止一月、(2)昭和四四年一一月七日文書図画閲読禁止三月、作業賞与金計算高金額減削併科、(3)昭和四四年一一月二六日文書図画閲読禁止二〇日、の各懲罰処分の言渡しを受けたこと、および、(1)の懲罰処分は昭和四五年一月二〇日に執行が開始されて、現在その執行中であり、(2)の文書図画閲読禁止の懲罰処分、および(3)の懲罰処分は現在いずれも執行未開始であることが認められ、また本件記録によれば、申立人は、被申立人を被告として、本件各文書図画閲読禁止の懲罰処分(以下単に本件懲罰処分という。)等の取消しを求める訴えを提起し(当裁判所昭和四四年(行ウ)第一〇一号文禁懲罰処分取消等請求事件)、右本案判決のあるまで、本件懲罰処分の執行の停止を求めるため、本件申立に及んだことが明らかである。
二、よつて、申立人に本件懲罰処分の執行より生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要性があるかどうかについて、判断することとする。
受刑者といえども、監獄法三一条、同法施行規則八六条の規定するところに従い、原則として、文書図画の閲読が許されている。これに対し文書図画閲読禁止という処分は、在監者が監獄内の紀律に違反した場合に、監獄法五九条、六〇条に基づいて科せられる懲罰処分の一種であり、被申立人の主張するところによれば、申立人が科せられた本件懲罰処分の内容は、監獄内に備え付けられ在監者に閲読を許している図書、および在監者が自費で購入し、または差入れを許された図書の両者について、いずれもその閲読を許さないというものである。ところで、申立人が被申立人を被告として、当裁判所に対し昭和四四年(行ウ)第四六号事件および同年(行ウ)第一〇一号事件の二つの行政訴訟を提起し、その次回口頭弁論期日がいずれも昭和四五年二月二六日午前一〇時と指定されていることは、当裁判所に顕著な事実であるので、申立人としては、右期日前に法廷外においても、右二つの訴訟のために準備書面その他の書類の作成、立証準備等の訴訟準備活動をなす必要があることは明白である。ところが、本件懲罰処分が執行されていることにより、法律関係の図書等を閲読できない結果、法律専門家ではない申立人にとつて、その訴訟準備活動に多大の支障をきたしているであろうことは推測するに難くないところであり、しかもこのような支障が、本件懲罰処分の執行が停止されることなくして、単に一、二時間という短時間被申立人より恩恵的に参考図書を披見することの便宜を供与されるという程度のことで解消されるものではないことは、言を俟たないところである。
また、申立人は、受刑者であるとはいえ、国民の一人として裁判を受ける権利を憲法によつて保障されており、その保障するところの趣旨は、単に訴訟を提起する権利がいかなる理由によつても奪われることがないというところにあるというにとどまらず、提起された訴訟を追行する上での準備活動についても、国家の行刑目的や刑務所という公の営造物の管理運営上の紀律との調整の下に、できる限り必要な手段を用いる権利が尊重されなければならないというところにもあるという点を考え合わせれば、申立人が本件懲罰処分の執行を受けることによつて蒙つている損害は重大なものであるといわねばならない。
被申立人は、本件懲罰処分の未執行分の執行が今後継続されるとしても、昭和四五年六月上旬にはその全部の執行が終了する予定であり、仮にその頃まで参考図書の閲読ができないとしても、それによつて訴訟に重大な支障が生ずるとは考えられない旨主張する。しかしながら、訴訟というものは、裁判所の指揮の下に、相対立する当事者が訴訟手続に関与し、終局判決を目標にして、個々の訴訟行為や立証活動を積み重ね、その連鎖が媒介となつて終局判決の既判力へと結実するのであるから、現に訴訟準備活動が制約されている以上、これが次回以降の口頭弁論期日や証拠調期日における訴訟行為等に悪影響を及ぼすことは必至であり、ひいては終局判決にも影響が生ずることは免れ難いところである。したがつて、申立人の蒙つている損害は回復することの困難なものであることが明らかであるから、被申立人の右主張は失当である。
しかしながら一方、監獄法六二条一項は、懲罰に処せられたる者疾病其他特別の事由あるときは其懲罰の執行を停止することを得、と規定しており、また疎明資料によれば、申立人が過去において本件懲罰処分以外に科せられた文書図画閲読禁止の懲罰処分の執行について、大阪法務局堺支局人権擁護委員会宛訴状を提出するため、昭和四〇年七月七日より同月一三日までの間その執行が停止されたことがあること、請願書、提訴状および告訴状等合計一〇通を提出するため、同年八月五日頃よりその執行が停止されたことがあること、告訴状、情願書および請願書等を提出するため、昭和四二年三月四日頃よりその執行が停止されたことがあること、告訴状、情願書提訴のため、昭和四三年七月三一日頃よりその執行が停止されたことがあること、請願書および情願書を提出するため、昭和四四年三月一〇日より同月三一日までの間その執行が停止されたことがあること、また訴状、告発状、および情願書を提出するため同年五月一六日より同年一〇月三〇日までの間その執行が停止されたことがあること、ところが昭和四五年一月二〇日に申立人が被申立人に対し訴訟事件につき種々調べたい事があり、また改めて訴訟を提起するにつき手続が解らないのでこれ等について調べたいということを理由に、執行の停止を願い出たのに対し、被申立人は閲読を必要とする具体的事情が明らかでないとして、執行の停止を許さなかつたこと、しかし被申立人としては参考図書の閲読を必要とする具体的事情さえ明らかにされれば、今後も執行の停止を許す方針であること、以上の事実を認めることができる。
右に認定した事実によれば、被申立人は本件懲罰処分の執行を継続することにより、申立人の訴訟準備活動を不当に制限しようとする意図を有しているわけではなく、申立人の執行停止の願い出が真に参考図書の閲読を必要とする具体的事情を明らかにしており、徒に懲罰処分の執行の遷延を図ることを目的とするものでないことが明らかであれば、被申立人としては、監獄法の前示規定に従い、今後も執行の停止を許す方針で臨んでおり、また過去においてもそのような場合、実際に執行の停止が許されていたのであるから、執行停止の願い出が一度だけ許されなかつた事実を提えて、本件申立てを許容しなければならないほど緊急の必要性があると断ずることはできない。
三、したがつて、本件申立てはその余の点について判断するまでもなく失当であるから却下することとし、申立費用の負担について、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 日野達蔵 喜多村治雄 南三郎)
(別紙)
意見書
意見の趣旨
本件申立を却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立理由に対する答弁
本件申立にかかる各懲罰の理由は、いづれもデツチアゲであるとの主張については否認する。
その余の主張事実は争う。
被申立人の主張
第一本件懲罰処分の経緯について
一 本件懲罰処分の執行状況について
被申立人が申立人に対し
1、昭和四四年一〇年二九日 文書図画閲読禁止 一月
2、昭和四四年一一月 七日 文書図画閲読禁止 三月
作業賞与金計算高全額減削併科
3、昭和四四年一一日二六日 文書図画閲読禁止 二十日
の各懲罰処分を言渡したものであるが、(1)の懲罰を言渡した昭和四四年一〇月二九日当時は以前言渡された文書図画閲読禁止処分の執行停止中であり、その後同四五年一月一九日までは以前言渡された文書図画閲読禁止処分の執行がなされていたので、(1)の懲罰は同年同月二〇日より執行中であり、(2)(3)の懲罰は未執行である。(監獄法六二条一項、同施行規則一六〇条一項参照。)
二 昭和四四年一〇月二九日言渡した懲罰処分について
申立人は、弁護士法違反、恐喝、脅迫(懲役一年六月、刑期終了日 昭和三九年六月九日)、殺人、同未遂(懲役二〇年(執行済七年三月)刑期終了日 昭和五二年三月九日)、戦時窃盗、同強盗(懲役一二年(執行済一〇年八月二一日)刑期終了日昭和五三年六月一八日)、傷害(懲役四月、刑期終了日 昭和五三年一〇月一八日)等の罪で大阪刑務所において服役中にして、現在同刑務所第四区第三舎独居第十五房を代用病室に指定して糖尿病の治療を受けている者であるが、昭和四四年九月二七日午後五時五〇分ごろ報知器(収容者が居房内から職員に用件のあることを報知する器具)を下ろしたので、同舎夜勤務担当前田辰郎看守が申立人の居房に赴き用件を尋ねたところ、申立人は「お前じやない、茂手木(夜勤担当看守)を呼べ。」と言葉を荒げて命令口調で職員を呼び捨てにしたり、「お前」などと不遜な言葉を用いたため、同看守は、「そんな言い方しかできないのか。」と論したところ、申立人は、「おい前田、大きなことを言うな。」と三回もくり返し暴言をなしたが、同看守は閉房点検終了後のことでもあり、強いて取り合わず、夜間視察カードに事実を記録しておき、昼夜勤監督看守部長を通じて九月二九日第四区第二処遇係長 島野裕司副看守長に報告した。
右報告を受けた同副看守長は、同日午前九時ごろ、原告の居房に赴き、前記暴言について取り調べに付し処分上申する旨申し向けたところ、申立人は大声で「なんとでも好きなように懲罰でもうて、大きなどん柄しやがつて、この牛盗人、好きなようにせんかい。」と抗争し、暴言を用いて同副看守長を公然と侮辱した。
申立人の右規律違反行為に対し、昭和四四年一〇月二八日懲罰委員会(昭和三七年二月二八日達示第二号)の議に付し、翌二九日刑務官会議の議を経て、監獄法第五九条、同第六〇条にもとづき、文書図画閲読禁止一カ月の懲罰を科したものである。
三 昭和四四年一一月七日言渡した懲罰処分について
昭和四四年一〇月一四日午前九時三〇分ごろ、申立人が居房の窓辺に立つて外を眺めていたので、舎房区域巡回中の前記島野副看守長が、保安職員勤務心得(大阪刑務所内規)第二四二条にもとづき申立人に対し窓ぎわに立つて外を眺めないよう注意した。(窓ぎわに立つて外を向いていると、視察孔からの動静視察が十分できないため、窓ぎわに立つて外を眺めないよう遵守事項として所内規程「受刑のしるべ」に明記し、舎房に配布したり、入所時における教育期間に告知するなどして周知させている。)
ところが、申立人は「外を眺めるぐらいなにが悪い、そんな法規があるなら明示してくれ。」と語気荒々しく抗争し、素直に注意を聞き入れなかつたため、同副看守長が申立人の居房の扉を開けて説諭しようとしたところ、申立人は腕組みをしたまま「そんな法規があるなら明示しろ。」と怒気を含んだ言葉つきで詰め寄つた。
よつて同副看守長は「所内規程で定められている、組んでいる腕をおろせ。」と指示したところ、申立人は、腕組みを解くや、やにわに同副看守長のネクタイを引つ掴み首を締めつける暴行をなしたので、その手を払い除け制止しようとしたところ、こんどは制服の両襟を掴んで足払いを掛けようとして同副看守長の右足を蹴りつけ激しく抵抗し、制服の両襟を引き破り、第二、第三釦を引き千切るなどの暴行を加え、さらに同副看守長とともに制止しようとした鈴木看守の両手甲部にも擦過傷を負わせたものである。申立人の右行為に対し、職員に対する暴行事犯として取り調べた結果、昭和四四年一一月六日懲罰委員会の議に付し、翌七日刑務官会議の議を経て、監獄法第五九条、同第六〇条にもとづき文書図画閲読禁止三カ月、作業賞与金計算高全額(一六五円)減削併科の懲罰を科したものである。
四 昭和四四年一一月二六日言渡した懲罰処分について
申立人は、かねてから民事訴訟、行政訴訟、告訴、告発、情願、請願など頻繁にくり返えし行なつているところから、訴状など関係書類作成のための用紙、筆記具の使用を特別に許可されているものであるが、この用紙を目的外に使用し、所長あて書面を認書願いを提出せず勝手に認書し(大阪刑務所においては収容者が各種書面を認書しようとするときは、前もつて所定の願箋により願い出たうえ認書するよう定め、収容者に告知し遵守させている。)自ら封緘して所長面接願箋に添えて提出することによつて、担当看守など現場職員をけん制し処遇の緩和を得ようとする傾向が見受けられていたところ、昭和四四年四月一二日「所長殿親展」と表記し、自ら封緘した書状を所定の願箋に添えて所長面接を願い出てきたが、監獄法令には、収容者の発する書面は、情願書のほかはすべて封緘をなさずして差し出さしめるよう規定されている(監獄法施行規則第四条二項、同第一三〇条二項)ところから、従来の取り扱いを是正するため、同日第四区独居処遇係監督 長谷看守部長を通じて申立人に対し、「今後、認書願いを提出せずして書状などを認書し提出した場合は用紙の不正使用で処分する。」旨告知した。
そうすると、その後同年一〇月二六日まで前述のような封書の提出はなくなつていたところ、同日所定の願籖に「面接にかわり書面をもつて事実を訴える、後日の参考にしていただきたい。」と記載し、「所長殿親展」と表記し、自ら封緘した書面を添えて提出し、さらに同月三十日保安課長あてに右同様の書面を提出してきた。
しかし右二通の書面は、前もつて認書願いが提出されず認書したものであつたところから前記、長谷看守部長が「認書願いを出さず、書状を認書提出することは処分の対象となるから、認書願いの願箋を提出せよ。」と指示したが、申立人は「誰れがそんなことをいつているのか、懲罰でもなんでもせよ。」と抗争し指示に従わず、告知事項を無視し遵守しなかつたものである。
申立人の右規律違反行為に対し、取り調べた結果、同年一一月二五日懲罰委員会の議に付し、翌二六日刑務官会議の議を経て監獄法第五九条、同第六〇条にもとづき、文書図画閲読禁止二〇日の懲罰を科したものである。
第二本件懲罰処分には何ら違法のかどはない。
一 申立人は本件申立原因の第一として、本件懲罰はいづれもデツチアゲであり、右懲罰の執行には全面的に不服であると主張するものであるが、本件懲罰を科した経緯は前述のとおり申立人の明白なる規律違反行為に対する監獄法令にもとづく適法な処分であつて、なんらデツチアゲではない。
大阪刑務所においては此の種規律違反行為に対する懲罰は、通常その種類として軽屏禁に処し、文書図画閲読禁止を併科している。しかしながら、申立人は糖尿病の治療を受けているところから、その健康上に対する配慮から軽屏禁を科することなく、それよりも軽い文書図画閲読禁止を科したものであつて、同種の規律違反行為に対し他の者に科せられる懲罰と比べても決して重いものではなく、これを不服とする申立人の主張は理由がない。
二 事実を否認したりアリバイ工作をした事実はなく、また本件懲罰の執行は申立人に圧力を加えるものではない。
申立人は、事実を否認し、アリバイ工作などする被申立人の作為をこのままにしておくことは危険であり、また本件懲罰の執行を受けた場合、圧力を加えられると抽象的主張をもつて本件申立原因の第二としているが、被申立人は如何なる事実を否認し、アリバイ工作をしたというのか、またなにをもつて圧力というか明確ではないが、申立人主張のごときことをした事実はなく、さらに本件懲罰執行は申立人に圧力を加えるものではない。
申立人の主張は単なる憶測ないし妄想というほかない。
第三本件申立は「本案について理由がないとみえるとき」に該当する。
一 被申立人が申立人に対してした本件懲罰処分は、特別権力関係に基づくものであり、行政訴訟の対象にならない。
公法上の権力関係には一般権力関係と特別権力関係とがある。
一般権力関係は、国が一般行政目的を遂行するため私人に義務を課し、その権利、自由を制限する国と私人間の関係であつて、その内容は法規によつて規律される。一般権力関係に基づいてなされる行政庁の処分に不服のある者は、裁判所に訴訟を提起することができる。これに対し特別権力関係は、国が特定の行政目的を遂行するため特別の地位にある私人に対し、強度の服従を要求しうるもので、公の勤務関係や営造物利用関係をその主要な例とし、刑務所長と受刑者の間には営造物としての刑務所利用の特別権力関係が成立している。
その関係の成立には法律の根拠を要するが、特別権力関係が成立した以上は、国と当該私人との間には、特定の行政目的の実現を中心として、ある程度継続的かつ有機的な関係が成立しその特別権力関係の性質によつて定まる一定の範囲内において私人は包括的な服従義務を負う。
しかして、その包括的な服従義務にもとづく行政処分は法規によるものではなく、行政庁の合目的的な裁量に委されているから、その処分の当否につき法規による評価ということはありえない。従つて右処分は法の定める場合のほか、裁判所の審判に服せず、かような処分を訴訟物として提起した本件本案は不適法といわねばならない。
二 かりに本件懲罰処分が裁判所の審判の対象になるとしても、在監者が職員に暴言を吐いたり、暴行傷害を加えたり、告知された遵守事項を遵守しないことは、いかなる場合でも刑務所の紀律に違うことはいうまでもないことであつて、前記第一の二、三、四において述べたような申立人の行為は懲罰の対象となることは当然である。
しかして、受刑者の紀律違反に対し、懲罰手続を開始するか、またどの程度の懲罰を課するかについては、刑務所という営造物権力の自由な裁量にゆだねられている。
したがつて申立人に対する本件懲罰処分は、懲罰事由においても、また処分の量定においても何ら違法とすべき点はなく、本案における申立人の主張は理由がないこと明らかであり、本件申請は失当というべきである。
第四申立人には回復困難な損害は発生しない。
一 在監者には監獄法第三一条、同法施行規則第八六条により文書図画の閲読が許されているが、図画の中には、刑務所など拘禁施設に備え付けられ、在監者に閲読を許す図書(これを官本という)および、在監者が自費で購入した図書または差入れを許されたる図書(これを私本という)があり、文書図画閲読禁止は、その言渡された期間中右図書の閲読を許さないことを内容とする懲罰である。
二 申立人は本案勝訴の確定判決を得れば懲罰処分は存在しなかつたことになり、その目的を達することができるし、懲罰処分執行期間中図書閲覧ができないことによつて、現実にどのような損害が生ずるかつまびらかではない。図書を閲覧できないこと自体は懲罰処分の効力停止のために必要な「回復の困難な損害」とはいえない。
三 大阪刑務所においては、右懲罰の執行中といえども、具体的事情(例えば、訴訟提起のため六法全書の閲読を約何日間許可されたいなど)を明らかにして図書の閲読許可を願い出た場合においてその願意の趣旨を検討し、必要あるものと認められるときは、懲罰の執行を一時停止し、あるいは極めて短時間の閲読で済む場合には懲罰の執行を停止することなく、参考図書の披見を許しており、このことは申立人に対しても言渡し済みである。
そして申立人は、過去数回にわたり懲罰の執行を受けた際、具体的事実を明らかにして願い出たので、その懲罰執行を一時停止し参考図書の閲読を許可したことがある。
ただ昭和四五年一月二〇日所定の願箋に「訴訟上のことで調べたいことがあり、また訴えを提起したいのでその手続を調べたいから懲罰の執行を停止してほしい。」と記載して願い出てきたが、具体的事情が明らかでなかつたため、所属第四区独居処遇係監督長谷看守部長を通じ、具体的事情を明らかにすること、参考図書の閲読が短時間で済むのであれば、懲罰執行のまま披見することが許されている旨申し渡したところ、申立人は言を左右して具体的事情を明らかにせず、終いには「停止してくれんのならもうよい、その必要はない」と申し立て、同看守部長の説明をも聞き入れず、自ら右願い出を取り消したことはあるが、申立人主張のごとき許可しなかつたことはない。
本件懲罰を執行しても、その執行期間中に、かりに申立人から具体的事情を明らかにして図書閲読許可の願い出があるような場合には、その具体的事情を検討し真に必要ありと認められるときは前述のような方法で参考図書の閲読を許可し、申立人の訴訟行為に便宜を与えることにやぶさかでない。
四 前述のとおり申立人に言渡した懲罰は文書図画閲読禁止であり、これが執行をうける申立人は、訴訟書類作成に際し参考図書を必要とするときには、その都度前号記載のごとき手続をもつて許可を受けなければならないといつた不自由はあるとしても、すでに司法処分によつて自由を制限されている申立人としては、本件懲罰によるこの程度の自由の制限はとうてい回復困難な損害とはいいいがたく、その執行によつて受ける損害は行政事件訴訟法第二五条二項に定められるところの要件たる「回復困難な損害を避けるため緊急の必要あるとき」に当らないというべきである。
第五本件懲罰の執行停止は刑務所内の紀律に重大な影響を及ぼし、ひいては公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。
本件懲罰は申立人の重大な紀律違反行為に対して科せられたものであり、現在大阪刑務所には二二八〇名に近い受刑者を収容しており、これらの受刑者の秩序を維持し、紀律を保持してゆくことは、刑務所という公の営造物の性格上極めて重要な事項であつて、右秩序維持のため重要な機能を営む懲罰の執行停止は、刑務所内の紀律維持に重大な影響を及ぼし、したがつて受刑者の教化改善に支障を来たし、ひいて社会の安ねい秩序維持に重大な影響を与えることとなる。
疎明方法
一、疎乙第一号証ないし第一〇号証
附属書類
一、疎乙第一号証ないし第一〇号証の写 各一通
一、指定書 二通
(別紙)
補充意見書
被申立人は意見書第四の申立人には回復困難な損害を避けるため緊急の必要がない理由として、次に述べることを補充する。
本件文書図画閲読禁止の懲罰は未執行分の執行を今後継続するとしても、本年六月上旬には全部の執行を終了する。本年六月上旬まで訴訟に必要な図書の閲読ができないとしても、それによつて訴訟に重大な支障を生ずるとも考えられず、反対にそのために本件懲罰の執行を停止することは刑務所内の紀律維持に重大な支障を生ずる。
また、申立人は執行停止期間中前後十回に亘り、次々と同種の認書願いを提出して図書閲読を理由に、懲罰の執行を遅延させようとすると共に、この間さらに三個の懲罰事犯を累行しているように、図書閲読願いを執行停止のために乱用している。